2010年3月3日水曜日

バースデイ

今日も帰りが遅くなった

3月2日は春ちゃんのバースデイだった。

春ちゃんは身寄りのない今は寝たきりの
僕がキーパーソンの
春ちゃん今年何歳かな、、
80才くらい?


およそ2年前、脳梗塞で倒れるまで、
僕の生まれた年から約40年弱、
だる満を支えて来てくれた人。

近年では「天ぷらの春ちゃん」、

春ちゃんの天ぷらのファンが、

未だ だる満に来てくれる。

主に揚げ物中心に、


僕が小学生の頃は、
トンカツ  エビフライに、

タルタルソース、ドビー、

スバゲティ、 ヤキメシ、

デッカイオーブンで焼くプリン、

デッカイ寸胴で煮込んだ
牛骨、鳥ガラと野菜のスープの漉し方

僕がお手伝いと称して
遊び習った殆どは春ちゃんからだ。

春ちゃん一人ぼろアパートに住みながら、
僕は毎年ぴか一のお年玉をもらった。

他スタッフには節度と緊張感を与える

番頭はん的役を担いながら
揚げ物のタイミングには
素材と一つの勘のよさと優しさを
僕に肌に感じさせてくれた。

とても忙しかった昭和時代から、
毎日かかさず、
凄い仕事量に、
献身的な姿勢で淡々と
尽力してくれたお陰で
今のだる満がある。

見舞いに行って、
ありがとうをいいながら、

実は春ちゃんと、 この後半20年以上、
仲良しコンビとして、
4年ほど前まで尽力していただいた洗い場の、
コニヤンが

今年の1月の暮れに亡くなったニュースを、
朝耳にした。

おばんざいをつくる北村さんから、
どうもそうらしいと聞いて、
連絡先の分からない息子さん夫婦には、
北村さんから聞いたお孫さんの職場に問い合わせて、
連絡がついた。

皆さん働きに出掛けてらっしゃるので、
夜ではあるけれどご挨拶にお邪魔した。

店での楽しかった話を
息子さんの口から沢山聞いた。


とにかく楽しく笑い声が絶えない人で、
でもとても繊細なところがあって、心配性な性格もあったけど、
人に迷惑かけるのが嫌いで
人には笑いを投げかけ続け、

冬でも、「あつ! あついわ〜」
といつもホットに、
綺麗好きで、
店のごみ箱の蓋は、
コニヤンのいた頃は
いつもピカピカだった。

二人とも、口では
「年寄りは、このくらいの仕事ができんと
邪魔でしょーがない」
なんて言いながら、

ホントに仕事の基準みたいなものは、
今の人達は到底及ばない働きものだった。

来る日も来る日も、
とにかく丈夫で、

二人の尽くして下さった結果の
今のだる満があるのは間違いないが、

何より、

何より僕がありがたいのは、

二人のあるがまま、

春ちゃんと コニヤンの、

あるがままに接する事ができた思い出以上にない。

我慢強く強情なところも、
時に気を許し愚痴を聴くところも、
普段の頑張りも
バカ笑いも

自分の人としての感性を豊かに育んでくれた。

二人のあるがままに出会えたこと以上の
幸せはない。


今、接する人々も、
楽しくもあり、
腹立たしくもイロイロある。

でも実にそのままが
なんとありがたいのかと、

込み上げる気持ちを噛み締めた日だった。


春ちゃんが倒れて、
ワンワン泣いてたくせに
カメラを向けたらこんな
2年前のコニヤンと


写真を「かなんわあ」と
口では嫌がり続けた春ちゃん。