店では口数少なく、黙って根性だすタイプの、笑
若き22歳のお祝いでした。
実家の長野のお父さんからは、手作りのケーキが…!
みんなで料理つくってワイワイ。
場づくりのあと、
突然急死した作曲家の親友宅に急ぎました。
ひとつだったか年下で、
今はそのなんとも暖かい音楽で人気です。
夜になって帰ってきたもうそこにはいないはずの
重い彼の身体を部屋へ。
そっと布団に寝かせるとき、
微笑んでいるように見えました。
彼は情が厚くて、繊細で、
本当に周りの友達を安心させる、
ホッとさせるのが大好きなそんな人でした。
そして彼の音楽で解放感や
自由を感じた人はものすごく沢山いると思います。
そんな彼に見えた微笑みは、
瞬間、自分の心の奥底に同時に微笑むものでしたし、
また、その彼の光のプリズムといえる、
彼のこの世界で人として表現した音楽を思いおこせば、
正直、なんだか涙がとまらない。
真面目に僕なんかの創作を喚起しようとしてくれてたことも思い出されるし、
強情になったり、おどけたりしながら、
廻りの人をサポートしようと一生懸命な人だった。
そんな彼の死をみながら、
つくづく層のようないのちの中心にある
それは永遠で無限の光のようなものから、
その人となりといえるような、人の味わいのような層となる、
バームクーヘンのようなものを感じていました。
そのどこにフォーカスして、
これは自分だ、とも云えるし思えるし。
でもその中心の光に誘ってくれるいのちのあり方、
というか、抽象的ではありますが、
その彼の人としての存在に、
今日は本当に感謝を繰り返しました。
明日はお通夜で音楽喪。
九州や北海道にいる音楽の友達が京都へ来ます。
彼の死を通して、
自分達の普段の生活から、
表現から、今ここにあること総てが、
なんと素晴らしいのかと、
思わざるを得ません。
ありがとうございます。